中学生の頃、国語と英語の教科書の表紙の美しさに驚き、写真好きの国語の先生がいたので聞いたら風景写真家の緑川洋一先生の写真のすばらしさを教えてくれた。その時「自分の進むべき道は風景写真」と思ったけど、中学生のカメラ小僧にはお金も無いので、チャリンコで近くの海に行ってモノクロで船のシルエットを撮るのが精いっぱい。緑川先生は歯科医のかたわら、日本中を旅して、人々が見たことも無い景観を収め続けたのだからすごいと思う。その写真の美しさを語る人は多かったけど、先生は仕事と写真とのバランス感覚がすばらしかったのだ。大人になって分かったけど、計画的に仕事の合間に撮影スケジュールを作るのは難しい。日々、撮影や事務仕事に追われる僕にとっては、休日に作品撮りに行く余裕は残されていない

国語の教科書に載っていた緑川先生の写真
僕は風景写真のコンテストを5年間ほど担当していたことあるので、日本中の撮影ポイントが頭に焼き付いている。今はネットの情報にあふれ、「何々が見ごろ」と言えば、イナゴの大群のように写真愛好家が集まる。交通費も格安航空券などがあるので、お金をかけずに日本中どこでも旅できる。あのまま風景写真家を目指していたら、食うのに苦戦しただろうなぁ。行くのが格安になったが、写真の価値自体も格安になったのだ
ネットが普及した現在、風景写真は情報にあふれ秘密の撮影ポイントは無くなってしまった。撮影方法などもわかるので、あとはその場に行けば同じように撮れる。知り合いにも感性の高い風景写真家がいて、「こんな風景があるのか?」とよく驚かされるけど、その写真を世に出せば、それをマネて更に上の作品が量産されてゆく。まあ、僕には風景写真家はできないと思う。そもそも都会を離れるのは好きではないし、夜中に大自然の中、一人でいるのはUFOでも飛んでくるのではと妄想して怖くなる。やっぱ、スタジオやテレビ局でアイドルを撮っているのが一番楽しい
さておき、風景写真コンテストで思い出したけど、コンテストの入賞者発表で撮影データを掲載するけど、露出モードは6割くらいが「絞り優先オート」、3割くらいが「マニュアル」、残りが「プログラムオート」という感じだった。風景写真はハイアマチュアが多く、その人たちの格式高いと思う設定が「絞り優先オート」なのだ。被写界深度をコントロールしながら撮るのはカッコ良いけど
プロの場合は8割くらいがマニュアルで、オートで撮る場合は「ISO感度オート」をよく使う。「ISO感度オート」は切りたい絞りとシャッター速度をセットし、それで切れるようにカメラが勝手にISO感度を決めてくれる。例えば目まぐるしく明るさが変わる舞台撮影などに適している。画角を変えると露出差が出る風景写真でも有効だ、「絞り優先オート」よりも使いやすいと思う
ミラーレスになって更にマニュアル露出の比率は増えるのではないか? なぜならファインダーで、明るさやヒストグラムが見えるので、その場で露出を変えれば良いからだ。大先生は銀塩もデジタルもミラーレスも同じというけど、最適な使い方は常に変化している。現場で使い込み自ら変化することが大切だ。頭が固いと生き残れないんじゃないかなぁ
風景写真のコンテストで大切なことは?
あまり風景を撮らない僕が言うのもなんですけど、コンクール写真を受け付ける立場から言わせていただくと「誰も見たこと無い写真」が大切だと思います。例えばダイヤモンド富士の写真は確かに秀逸なものがたくさん送られてきますが、その中で1番になるのはかなり難しいです。それよりも、水中写真とかドローンの写真とか、ちょっとハードルが高い領域で撮った作品の方が審査で目を引きますね。また審査員のスキルも試され、高いハードルに気づかずスルーされることもあります。いわゆる「評価軸のブレ」です
露出オートの弊害は?
やっぱり、絞りとシャッター速度の理屈を覚えられないということでしょう。デジタルになり、絞り過ぎると回折効果でキレがなくなるし、あまり感度を上げすぎるとノイズが多くなります。「どういう画像に仕上げたいか?」という目標に向って露出が決まってゆくのに、カメラ任せではレベルアップしにくいです。「雪の場面はプラス2補正」とか懸命に覚える方がいますが、それでは理屈を覚えられないと思います