スマートフォンを更新した。こんどはシャープのAQUOSというスマホでIGZO(イグゾー)と呼ばれる消費の少ない液晶なので電池がメチャ持つ。フル充電して4日経つけどまだ40%ほど電池がある。あまり使わない人ならうたい文句通り1週間は持つだろう
これだけ良いものをシャープは作れるのに、経営が傾き外資に買収され残念だ。そういえば、僕の大学の頃の研究室でも、優秀な人が数名シャープの中央研究所にいったけど、今はどうしているかなぁ。肉体労働しているのは僕くらいで、業界が違うので会うこともない。さておき今日は携帯電話の話をしたい
新聞社の通信事情は変わっていて、僕の場合、携帯が出る前の「ショルダーフォン」から話は始まる。要するに車に搭載していた自動車電話を持ち運べるようにした電話だ。たしか、会社に2台ほどあって、大きな事件だと前線本部に持ち込んだり、山に分け入る時に持って出たりして、けっこう便利に使っていた

このころは、郊外で通話を始めると近所の子供が集まってきたりして、携帯電話がとても珍しかった。どこにでもつながるトランシーバーみたいなものだ。喫茶店などで使うときも、今とは違ってマナーも気にせず堂々と通話ができた。「できる企業戦士」みたいな感じだった
トランシーバーに受話器を取り付けたような装置だったので、電波が今の数千倍ほど強く、通話するとなんだか頭痛がするという人もいた。からだに良くなかったのだろうなぁ。携帯電話が出始めのころ、健康被害を気にして使わない人もいた。今は電波が弱くなったので、そういう話も無くなった。僕のあたまの劣化が激しいのも、その頃が原因かもしれない
新聞社では、夜中でも呼び出されたり、原稿の確認が入ったりが多いので、携帯電話が普及する前は、「ポケベル」が主流だった。夜中にピーピーと鳴れば電話を見つけて会社に電話するのだ。その頃の携帯電話は重く高価で、電池も1日持たなかったので「ポケベル」は重宝した。最終形は名刺サイズのカード型だったので、工業製品としては美しかった
1998年の長野五輪の頃、会社でも携帯電話を個人貸与することになり、パソコンと携帯をケーブルでつないで、画像や原稿を送る運用になった。ちょっと通信事情が悪いとデータが送れなかったりして大変だった
そう考えると、今はスマホで何でもできるので簡単な時代なんだけど、その分タスクは増えていている。忙しさでいうと、今のカメラマンの方が数倍忙しいと思う
さあ、もうすぐ東京五輪だ。すでに職場は忙しさのピークを迎えており、そのまま8月までなだれ込んで行く。いつものことだけど「お祭り」みたいなものだから逃げるわけにはいかない