「キャラが立つ」
って分かるかな? アニメとかドラマとかで個性がしっかりして、一度見たら忘れられないような登場人物っているでしょ。そういう個性の光るキャラクターのことをいうんだ
アニメでいうと「鬼滅の刃」の竈門炭治郎、ドラマでいうと「半沢直樹」の堺雅人とか一度みるだけでキャラクターが頭に焼き付くでしょ。それを「キャラ立ち」っていう
なんでそんな話をするかといえば、2カ月ほど前に、マンガ家の作業場の取材をしたとき、先生からいきなり
「キャラが立っているカメラマンだねぇ」
と、お褒めの言葉?をいただいたことがある。キャラが立ちまくっているマンガを描く先生なので、ひとを観察するクセがついているらしい。光栄かどうかビミョウだけど、カメラマンを登場させる場合は、僕のキャラクターが登場するかもしれない。いや、たぶんそうだ。もう絵コンテに僕が描かれているだろう
有名マンガ家なので、年間何十人もカメラマンに合うだろうに、なぜ僕なんだ?自分ではふつうに仕事しているつもりなんだけど。思い当たる点と言えば、
「紙面でこういう写真が必要なので、こういうねらいで撮ります」
を説明して撮影する点だろうなぁ。撮ったら撮影画像を見せて
「ここが悪いので、次はこう撮ります」
なんて分かりやすく撮るのは、100人カメラマンがいても僕だけだと思う。そういう所が「キャラ立ち」に見えたのでしょう
僕の話はさておき、撮影において「キャラ立ち」は需要。たとえば、東京駅前の横断歩道で、初冬の通勤風景を撮影する場合は、高級そうなコートでも着て、吐く息の白いさっそうとした女性などを僕らは撮ることが多い。半袖の男性だと初冬にはそぐわない。東京駅なので仕事ができそうな女性のキャラが立つのだ。新橋の機関車広場だと、ネクタイをゆるめた、酔っ払い風の男性が「キャラ立ち」する。ようするに必ず状況に応じたキャラを僕らは探すのだ。その考えって、カメラマンもマンガ家も同じなんだなぁ
キャラの見せ方も大事で、先日撮った10代のアイドル2人組は「自然でかわいい」が軸で飛んだり跳ねたりじゃれ合ったり、若さが爆発するようなキャラで撮らせてもらった。でも若いって良いねぇ、どれだけ大変な要求をだしても、楽しみながら応えてくれる。僕も高校の頃、そうだったなぁ
芸能人のユニットならセンターが決まっているので良いのだけど、一般の女性数名を撮るときは腕のみせどころ。瞬時に誰が一番輝いているキャラか見極めてその子をセンターに撮影する。でも、脇役は良い気がしないので
「絶対使わないだろ!」
と思いつつも、キャラの立たない脇役女性をセンターにして撮ってみたりもする。
光の具合などを調整しながら、最後にキャラの立つキレイな女性がセンターになるわけだけど。要するに現場では平等に撮ってあげるのが、カメラマンの処世術なんだ。でもキャラ探しってだいじだね
カメラマンのキャラ立ちって大切ですか?
話した通り、僕は気にしなくてもキャラ立ちするそうですが、割と地味なフリーカメラマンはこれが死活問題なんです。「あの時のカメラマン」って覚えてもらえると次の仕事につながることが多いので、よくある作戦でちょっと変わった名刺を配る人もいますね。あと見た目には必ずバンダナを巻いていたり、トレードマークを決めているような人も知っています。篠山紀信先生がモジャモジャ頭なのも、そういう狙いかも知れませんね。スポーツ刈りじゃ印象薄いですものね
キャラで微調整
芸能人を撮る場合、あらかじめインスタなどでキャラクターを調べますが、現場で会ってみて印象が違うことがあります。そういう場合は微調整して撮り方を変えます。常に想定通りには撮れないものなのですが、その想定外を楽しむだけの技量が無いとカメラマンは務まりません。相手によっては微調整で対応できず、ボロボロの撮影もありますが、最低の60点の内容なら気にせず次の日に引きずらないのが大切です