雑感

カメラマンの年収

写真が銀塩時代のころは撮影が難しく、仕上げも暗室ワークができないと納品できないので、ハードルは高かったけど、今考えると夢のような時代だった。とにかくハードルを越えた先で頑張っていればウハウハの収入が得られたのだ

80年代などは景気も良く、広告宣伝費もメチャあったり、写真週刊誌が全盛だったりしたので、年収1億円プレーヤーもゴロゴロいた。助手も3人くらいは当たり前。準備は助手が行い、「先生」と言ってもらいながらシャッターを押すだけで「チャリンチャリン」とお金が入ってきたのだ

都心に事務所を構えればこんな感じだったけど、地方にいてもそれなりのニーズがあったので、売り上げで年間1500万円くらいはフツーだったという

今や死語となった海外ロケなんかもバシバシあって、予算が少ないときはガマンして沖縄ロケなんていう感じなんだろう

大判フィルムのカメラなんて素人に扱えないので、今のように「副業カメラマン」が発生することもない。カメラマン免許制度なんてないけど、「確実に撮ってプリントできること」が資格のようなものだ

その頃の高年収のカメラマンは税金に持っていかれるのを避け、スタジオを建てた人が多い。都心でも六本木あたりは不動産バブルで資産は倍加、とんでもない利益を得た人も知っている。大阪万博の70年から90年くらいはホント、カメラマンにとって夢の時代だったのだ

いまや見る影もなく、トップカメラマンで年収が数千万円、ちょっと頑張って800万円、売れない人で200-300万円というのが現実だ。普通のサラリーマンの方がずっと安定している。身近なフリーカメラマンがこの春から公益法人に就職し広報のカメラマンになってしまった。コロナ禍の不安定さを経験するとお抱えカメラマンが魅力的に見えるのだろうなぁ

また「2時間5000円で撮ります」みたいな、副業カメラマンが全体の単価を下げているのも大きいだろうなぁ。HPにちょこっと入れるカットを激安で撮ってもらえるなら頼むよね。多少期待外れでも5000円ならあきらめもつくものねぇ

話は変わるけど、「Amazonプライム」とか「hulu」とかの番組配信の撮影が最近増えていて、羽振りが良いのにおどろく。対する在京の地上波放送は番組制作費も少なくなり、時代の変化を感じるよね。そういう単価の高そうな業界を見据えないとカメラマンも生き残れないなぁ

以前、宮大工の取材をしたことあるけど、手順は1000年以上変わっていないという。うらやましいなぁ。副業カメラマンの追い上げも気になるし、技術の変化にも対応しないとダメ。それこそ20年先のカメラマン像が見えないのだけど、、

どういうカメラマンが生き残る

昔は撮るだけで、あとの現像もしない売れっ子カメラマンがいっぱいいましたが、今は画像補正して納品するのが当たり前です。それにプラスして、撮影画像の掲載される媒体を理解して、うまく対応できるカメラマンが生き残れると思います。例えば、選挙ポスターでいうと、メインの文字側から光を入れるなんて当たり前なのですが、街角で見る限り分かっていないカメラマンは多いですね

車移動は単価が高い?

僕は、大体7割くらいの現場は地下鉄に乗って移動するけど、さすがにバック紙や三脚があるとタクシーを使うこともある。例えば、フジテレビの湾岸スタジオなんて、お台場の外れにあり、都心から行くとタクシーで5000円以上かかってしまう。フリーカメラマンだとギャラが高くないと受けられないだろうね。地方のロケなんかも同じで、車が必須の撮影現場はおおむね単価が高くなる傾向だ

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