「下手やなぁ~」
いつも文章を書きながらそう思う

子どものころ、本を読めば良かったかなぁ、毎日日記を書けば良かったかなぁ・・・なんて思うけど、橘玲さんの「言ってはいけない」シリーズを読んで分かった。DNAレベルで文章能力が足りないのだ
異世界モノのアニメで生まれつき主人公の魔力が多いのと同じ。いくら努力しても文章能力に限界があるのだ。反面、僕は理系の物理や数学は勉強しなくともできたものね。橘さんが言っていたけど運動や勉強などは80%ほどが遺伝によるものらしい。誰もが勉強すれば学者になれるわけないし、タブーだけど「平等な教育機会」は合理性に欠けるという話もある
そういう現実の中、「書くチカラ」に優れた人材を寄せ集めた会社がある。それが新聞社だ。新聞社は「本紙」と呼ばれる看板の新聞があり、その原稿を書く「ペン記者」が「記者職」という狭き門をくぐり抜けて入社してくる。「変な人」は多いけど、原稿に関してはよどみなく書ける優秀な人ばかりだ
ちなみにカメラマンも「記者職」なので、問題なく原稿が書ける設定になっている。このカメラマンがくせ者で、僕の肌感でいうと10人に1-2人くらいは「おまえ!大学出たんかいな?」というレベル。それでも年間に数回くらいは原稿書きが回ってくるので苦戦する。僕も逃げられず、写真コンクールの選評、写真家などに頼まれた本の書評などチマチマしたものが多いけど、コンスタントに原稿を書いていた
DNAがスラスラ書いてくれる「ペン記者」には分からないだろうなぁ。下手な文章しか書けない僕の苦しみを、、、
そういう現実にあらがうように、文章能力のために太宰治、三島由紀夫などの純文学をたくさん読み込んだけど、僕の文章能力は目覚めることもなかった。ただし、カメラマンとして作家に合うことが多く、話のネタ的には役立つこともあったけど
それでも社会人になって助かったことも多い。就職してワープロが普及して、漢字が日本一分からない僕には援軍だったし、最近は校閲だってAIに任せることもできる。下準備だってネット検索できる。そういう助けがあり、そこそこ書けるようにはなったけど、やっぱりうまい原稿を読むと、一生追いつけないことが分かる。その距離感を感じられるようになり、少しは進歩かも知れないけどね