雑感

技術にウソをつかせない

オーディオ界の巨匠・長岡鉄男先生が亡くなり25年が過ぎた。作家でありながら自作スピーカーの作り手としても知られ、当時大流行した高級志向のオーディオ界の中では「安価で高性能なオーディオ」を唯一提案してくれる、貧乏学生の僕にとっては英雄的存在だった

その遺志を継ぐオーディオサークル「ミューズの方舟」が主催する「自作スピーカーコンテスト2025」が先週15日に品川区で行われた。行くのは15年ぶりくらいだろうか

出品者は男性7名。高齢者が多く若い頃に長岡先生に信奉した世代なんだろうなぁ。定年後の趣味として自作スピーカーは相性が良いみたいだ。出品者の自己紹介はなかったが、みな理系のオーラが、話の端々から放たれる
出品スピーカーのレギュレーションは「フルレンジスピーカー1本」というだけで、あとは自由。それを会場で実際に試聴して出席者全員による投票結果で順位が決まる。どれも音場感がすばらしい。目をつぶれば楽器が近くにあるようだ。特にフルレンジは振動面が軽く、音の瞬発力は異次元だ。製作費はせいぜい数万円以内のスピーカーばかりだが、数十万円の高級製品を凌駕するような作品が多い

帰り道、コンテストで使っていたアキュフェーズのアンプが気になり、図書館でオーディオ雑誌「オーディオ アクセサリー」を久しぶりに見た。「アンプで100万円超は高くて買えない」と思いつつ海外製のアンプを見ると、もっと小さく安っぽいアンプが300万円で普通に売られている。「誰が買うのかな?」と思ったら社長のインタビュー記事が載っていて、会社の好調を自慢していたりする

円安の影響もあるけど、海外の製品は技術以上に話題性を盛り込んで、高く売り込んでいくのが常套化しているみたいだね。ことさら高級アンプなんて音質は肉薄しているので、あとは「いかに物語を作るか」で収益を左右するのだろうな

そうやって、製品を主張するのが海外の売り方なら、日本製品は真逆だ。アキュフェーズのアンプは重いもので重量が50kgもあり、内部は高級なパーツが合理的に整然と並んでいる。その真面目で美しいレイアウトをみると、100万円超でもギリギリの採算ラインだと分かるだろう。「内部まで美しく作る」「技術にウソをつかせない」というのが日本のものづくりだ

アキュフェーズのHPより  パワーアンプP-7500 135万円

特に欧州由来の製品は、オーディオ製品と似た構図が散見される

<グランドセイコーの腕時計>
仕上げと精度を考えると安すぎると言われている

<ヤマハのグランドピアノ>
世界中のどこで弾いても個体差が皆無で、弾いた通りの音が返ってくる

など、足りないものは「歴史」「血統」「物語」ということになるね

欧州製品は王室の存在によって、この道具は「誰が使ったか」「どの時代と結びついているか」が価値として語られやすい。それが強力な文化保存装置として機能してきた側面もある

日本にも世界最古の皇室があるが、「御用達」というコトバはあるものの、宮内庁からアナウンスされることもなく、ブランドの後ろ盾はない

最近、日本でも物語をSNSで拡散して利益を出す業者がいるが、細々と良いものを作り続ける作り手がいて、それを嗅ぎ分け、本物を見抜くユーザーが少なからずいるのが世界に誇れる日本の特徴だ

長岡先生も物語に熱狂せず、安くても技術にウソをついていない製品を勧め続け、その姿勢は今でも多くのファンが支持し続けている

コンテスト会場の来場者を見ていると確かに長岡先生のDNAが存在した。結局は先生自身が、ひとつの物語になってしまったのだ

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