写真

都市風景萌え

コップの水に垂らした一滴のインク、その無秩序な状態からやがてインクは混ざり合い濁った水は元に戻らない。人が惹かれるのはインクが垂れた瞬間だ……

僕は仕事ではなんでも撮るが、個人的には「都市風景」が大好きだ。何度も通って撮るような「風景写真」は苦手だ。それよりも、都市の中で一期一会の珍しい瞬間を撮ることに喜びを感じる

大自然などの純風景は人間が手を加えない限り、100年単位で大きな変化のない場合があるが、都市風景は日々変化し、数年も経つと全く異なる風景にバージョンアップされる。それは常に不可逆的で意図しない限り過去に戻ることはない

トップ写真は吉祥寺・東急百貨店前に突然出現した更地だ。土地境界線に沿って巨人が鋭い日本刀で切り分けたような「都市の断面」が露出している。左のビルはきらびやかな街の印象とは対照的で、人目に触れず残された建物は昭和の秘密基地のようだ。右隣のビルの壁面には空調の室外機が並んでいる。これも人目に触れずビルの隙間に自生したキノコのようで整然と等間隔に並べられている様子が日本を連想させる

お隣の地主の都合によって日頃は見えなかった断面が露出する。こういう都市風景を撮るコツは聞いたらすぐに行ってみること。都市は生き物だ。行ってみると関東ローム層の大地は姿を変え、すでにコインパーキングの施設がかなりできあがっていた。1週間もすると営業を開始し、駐車車両で都市風景が上書きされるだろう

写真を撮っていると、左のビルに数名の関係者らしき人が入り、いろんな設備を確認している。取り壊すのか、リニューアルするのか、逆に現状を活かすのか分からないが、断面がしばらくすると「壁面」になりそうだ。こうやって都市風景は隣と化学反応を起こしながら街の一部に溶け込んでゆく

以前にも面白い都市の断面を見たことがある。東京駅から八重洲口方面にある、有名な塗料メーカーのビルの話だ。壁面に塗料で企業ロゴが大きく書かれていたが、隣ビルの解体で壁面すべてが露出、なんと見える部分しか企業ロゴが書かれていなかった。「見えないところまで完璧に」という日本企業の理念に反し、しかも有名塗料メーカーの塗装の問題なので驚いた。その後ロゴは完成することなく、壁面はグレーで塗りつぶされた

住みたい街ランキング上位の吉祥寺、その中に突如現れた都市風景は時を経て街に溶け込んでゆく。それが今回は昭和の秘密基地だったわけだ

こうやって秩序のある街が、あるきっかけで影響を受けることを物理学的に「エントロピーの増大」というらしいが、難しいので覚える必要はない。

ただ言えることは、都市が完全に混ざり切ってしまった姿を見ても、その前に何が起きていたのかは想像できないということだ。人が強く惹きつけられるのは、いつもその手前の場面である。

インクが水に落ちた瞬間のように、秩序が崩れ始め、まだ形を保っているその刹那。都市風景とは、そうした変化の最前線に現れる「都市の断面」を写し取ったものだから、僕は本能で萌えてしまうのだ

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