朝8時、エレベーターを降りても人の気配はない。廊下は閑散とし、まるで倉庫のようだ。ここが100社ほど入るビルだと言われても、信じられないだろう。11時ころ、廊下で清掃の音が聞こえ、ようやく現実世界に引き戻される
僕の事務所は、いわゆるシェアオフィスの1室だ。9階建ての細長いビルに小さな会社がびっしり入っているが、驚くほど静かだ。同じフロアで人に出会うのは2日に1度あるかないかだ。シェアオフィスというと、共用スペースで他業種と交流し、ビジネスチャンスが広がる――そんなイメージを持つ人も多いだろう
実は僕も以前、そういう「オープン型」を検討し見学したことがある。個別スペースを含め、仕切りは基本的にガラス張りで中がまる見え、誰でも気軽に話しかけられるような空間だ。ただ、実際に座ってみると図書館のようで落ち着かない。周囲の気配が気になって、どうにも仕事に集中できる感じじゃない
それに対して、今のビルは完全に個別ブース型だ。最近の傾向としてもこのタイプが主流のようで、実際このビルは満室が続き、退去が出るとすぐ次の入居者が決まる
「オープン型」はそりゃ需要が少ないだろうね。異業種間交流にしても今はSNSなどが主流。逆にオンライン会議などのために仕切られた空間が必要だ。そんなオープンスペースで知り合いができて仕事に結びつけるなんて昭和の発想かもしれないね
僕が入ったのはコロナ禍の真っ最中で、当時はまだ空室が多かった。部屋は選び放題で、しかも2ヶ月分の家賃がタダ。今思えば、最高のタイミングだったと思う
広さは4畳ほど。机を2つ置いて、カメラ機材を入れるとそれでいっぱいになる。それでも家賃は99,000円で、電気・水道・空調すべて込み。敷金礼金もなく、退去費用もかからない。さらに更新がないため、家賃が上がる心配もない
何よりも気に入ったのは、交通の便だ。事務所前に2路線のバス停があり、新橋、田町、恵比寿、渋谷、六本木などに簡単に行ける。地下鉄も2路線が徒歩数分で利用でき都内ならどこでも1時間以内で行ける。機材がとても重いのでなるべく歩かずに済む
本当は、もっと広いスタジオ兼事務所も考えた。ただ、費用と交通の便を考慮すると、今の形がいちばん合理的に思える。撮影が必要なときだけスタジオを借りる。このやり方が最適解のように思える
撮影で現場に入り、まず初対面の人に名刺を渡してあいさつする
「事務所が港区三田で良いですね」
とよく言われるが
「4畳ほどの事務所で一人親方してます」
と返すと必ずウケる
僕はいろんな事務所に行って撮影することが多いが、それと比較しても一番狭いのが僕の事務所と断言できる。厳密にいうと、以前に撮った利休の事務所とも言える茶室は2畳でもっと狭かったが、比較するのは失礼だものね。静けさは似ているけど、茶室の静寂と事務所の閑散ではまた意味が異なる
昨日、撮影のため川崎市駅に降り立つと人の多さに驚いた。撮影を終え、事務所の扉で「ただいま」と言っても誰もいないし、周りで聞いている人もいない。一気に閑散とした世界に引き戻される
これが一人親方の日常だ